歯と寿命、再生医療の最前線
2026/01/25
― ITDN-Tokyo インプラントフォーラムより ―
先日開催された「ITDN-Tokyo インプラントフォーラム」では、再生医療・疫学・医療ビジネスの第一線で活躍する研究者・実務家が集い、歯科医療を起点に“健康寿命”と“未来の医療”を捉え直す議論が行われた。
本講義録では、主催者視点から特に重要と考えられる論点を、5つの要点に整理して記録する。
1. 歯の本数は「健康寿命」の重要な指標である
疫学研究により、残存歯数が少ない人ほど死亡リスクが高いことは、国内外で一貫して示されている。
これは仮説ではなく、明確なエビデンスに基づく知見である。
背景にあるのが「オーラルフレイル」という概念だ。
口腔機能の軽微な低下は、全身のフレイルや生活習慣病の前段階として位置づけられており、
歯科は「口だけを見る医療」ではなく、全身の健康を守る入口として再定義されつつある。
歯を補う治療は、咀嚼機能や審美性の回復に留まらず、
健康寿命そのものに寄与する医療行為であるという認識が、いま強く求められている。
2. 寿命を決めるのは遺伝子ではなく「環境要因」
大規模疫学研究によれば、遺伝的要因が寿命に与える影響は2%未満とされている。
一方で、生活習慣・社会環境といった環境要因の影響は、その約10倍に及ぶ。
人類の自然寿命は約38歳と推定されているが、
現代社会における長寿は、医療・衛生・栄養・社会制度といった
環境改善の積み重ねによって実現してきた結果である。
この事実は、
「健康と寿命は遺伝で決まるものではなく、日々の選択によって左右される」
という重要なメッセージを私たちに示している。
3. iPS細胞は「移植」よりも「精密医療」で活躍している
iPS細胞技術の実用化は、臓器再生だけに限られない。
近年注目されているのが、患者自身の細胞から作製するオルガノイド(ミニチュア臓器)である。
この技術により、
- 薬剤の効果
- 副作用の有無
を患者ごとに事前検証することが可能となる。
これは「平均的な患者」ではなく、
「その人に最適な治療」を選ぶプレシジョン・メディシン(精密医療)の中核を成すアプローチであり、
すでに世界的な研究投資が進んでいる分野である。
4. 歯の再生医療が進まない理由は「技術」ではない
歯の再生が実用化されていない理由は、
技術的限界よりもビジネス・制度上の壁にある。
主な課題は次の2点である。
- 既存の代替治療が存在すること
→ インプラントという高完成度の治療法がすでに確立されている - 保険適用外であること
→ 自費診療となり、事業としての継続性が確保しにくい
医療技術は「可能かどうか」だけでなく、
社会制度・経済性と両立できるかが、実装の可否を左右する。
5. 革新的医療が社会に届くまでには「死の谷」がある
大学発の基礎研究が、実際の医療技術として社会に届くまでには、
数十億円規模の資金と長期間の検証が必要となる。
この研究から実装への資金ギャップは「死の谷(Valley of Death)」と呼ばれ、
これを越えるには、ベンチャーキャピタルや産業界との連携が不可欠である。
研究者には、論文成果だけでなく、
- ビジョンを語る力
- 異分野とつながるネットワーク力
- 社会実装への意志
が問われる時代に入っている。
まとめ
本フォーラムを通じて浮かび上がったのは、
歯・生活習慣・医療技術・経済・社会制度が密接につながっているという現実である。
歯を一本守ることが健康寿命につながり、
日々の選択が遺伝子以上の影響力を持ち、
革新的な医療は多くの人と資本の支えによって初めて社会に届く。
医療は「遠い未来の話」ではなく、
私たち一人ひとりの現在の選択と密接に結びついている。
本講義録が、健康と医療を捉え直す一助となれば幸いである。
